使命とは

まっ黒いぞうきんで顔はふけない

まっ白いハンカチで足はふけない

用途がちがうだけ

使命のとおとさに変りがない

ハンカチよ たかぶるな

ぞうきんよ ひがむな

河野進さんの詩「使命」 です

まわりが言うままに

わたしは弱い人間でしたので、

まわりが言うままに、自分以外の人間になろうと頑張り

自分のやりたいことではなく、

まわりが評価してくれることをやりたがり、

無理をして、我慢をしながら生きているうちに、

しまいには自分が何者かもわからなくなっていました。

仮面をつけたわたし

そして気が付くと、わたしのまわりには

「本当のあなたでいいよ」と言ってくれる人はどこにもいませんでした。

それもそのはずです。

わたしが、わたしであることを拒んでいたため、

わたしも本当のわたしがわからず、

まわりも本当のわたしの事を知ることがなかったのですから。

わたしは何者なのか?ということすら、

わからなくなったわたしは誰なのか?

それは、本当のわたしではなく、仮面をつけたわたしです。

そして、「本当のあなたでいいよ」ではなく、

「仮面をつけたあなたでいいよ」という人に囲まれていると、

何だか少し息苦しいのですが、

今さら仮面を取る勇気もなく、

かといって、仮面をかぶった自分を

許し、認めて、受け入れることもできず、

どうしたものかと思案しているうちに

今日も日が暮れていました。

ほんとうのわたし

何かができた自分、できない自分。

評価された自分、されない自分。

などという条件に関係なく、

今のままの自分、どんな自分でも

許し、認めて、受け入れることは、

この世の中で、唯一わたしにしかできないということを

今はわかるようになりましたが、

それまでは、今のままの自分、どんな自分でも

許し、認めて、受け入れて欲しいと、自分以外の人に求めていました。

そしていつしか、仮面をつけて歩くようになっていたのですが

世間の多くが言うように、

本当に白いハンカチが素晴らしくて、

黒いぞうきんはみじめなのか?という疑問に対して、

はっきりと「それは違う」と思えたときから、

何かが変わっていき、

無条件に自分を大切にすることが

できるようになってからは、

少しづつ本当の自分が顔を出すようになりました。

また、今までは全く見えなかったのですが、

本当のわたしが顔を出すようになると、

同じように、本当の自分を出している人が見えるようになり、

また、無条件にどんな自分でも

許し、認めて、受け入れることができるようになると、

「自分がそうなのだから、相手だってそうだろう」と、

自然に思えるようになり、

相手に対して条件を付けることが減り、

無条件で付き合える人も増えてきました。

白いハンカチと黒いぞうきん

白いハンカチになることがいいことなのだと信じ込み、

白くなるはずがないわたしの黒い自分を

ゴシゴシこすって生きてきた。

そんな私は、今も相変わらず真っ黒いぞうきんです。

ですが、黒いぞうきんの「仕事」を見つめ

黒いぞうきんの「使命」を感じることによって、

本当のわたしを出せるようになり、

今では白いハンカチの仲間も、

黒いぞうきんの仲間も増えました。

顔をふくことで役に立てるって最高だなー。

俺にはできないよ。

そういう君だって、

足や床をふいて役に立てるって最高じゃないか。

俺にはできないよ。と

自分も相手も尊重する関係性が、持てることができました。

今では、さらに夢がふくらんで、

トイレや床などの汚れをきれいにする、

最高のぞうきんになって

命を使い切りたいと思っていますが、

なぜ、それがはじめからできなかったのか?

それは、用途が違うだけで、

使命の尊さにかわりがないことに気づくことができず、

「白いハンカチだけが素晴らしい」という

小さな世界でしか、物事を見ることができなかったからです。


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