すべてをよいものと見なして感謝できる人は?

すべてのものがあなたの存在を増大させることに貢献してくれたのですから、

あなたはすべてのものに感謝すべきなのです。

大富豪や財閥の有力者の欠点や悪行について考えたり

話したりすることに時間を費やしてはいけません。

この世界における彼らの組織は、

あなたにチャンスをつくってくれました。

あなたが手に入れるものは、実際には彼らのおかげで手に入るのです。

堕落した政治家に激怒してもいけません。

政治家がいなかったら無政府状態に陥ってしまいますし、

あなた自身が物事を成し遂げるチャンスも大きく損なわれるでしょう。

産業と政府が存在する状態にまでもってくるために、

神は長い時間をかけて根気よく働いてきました。

そして、神は今もなおその仕事を続けています。

富豪や財閥の有力者、産業界の指導者、政治家たちがいなくても済むようになれば、

すぐにでも神が彼らを排除なさることはほとんど疑いのないことです。

しかし、それまでの間は、彼らをすべて非常によいものとして見ておきましょう。

彼らはみな、お金があなたにもたらされる伝送経路を整えてくれていますし、

それについては彼らすべてに感謝しましょう。

これによって、すべてのもののなかにあるよいものと、

調和の取れた関係がもたらされます。

そして、すべてのもののなかにあるよいものが、

あなたのほうにやってくるのです。

お金持ちになる科学 ウォレスD・ワトルズ

松永英明=訳

原書のタイトルは

「The Science of Getting Rich」

この本は約1世紀前、1910年に初版が発行されたそうですが

真理や真実という物は、時代、文化、人種を越えて共通であるという

言葉が示す通りに

100年以上たって、今もなお、輝きを失わないもののひとつです。

また、この本の帯にもあるように

ナポレオン・ヒルやロバート・シュラー、アンソニー・ロビンズ

また、ザ・シークレットの著者ロンダ・バーンなど

引き寄せの法則の原点だと言われるこの本ですが

影響を与えられた人が、たくさんいるようです。

すべてに感謝できることは幸せの証明

「わたしは幸せだ!」と言い切れる人なら、

人生の全てに感謝することができると思います。

なぜなら、今まで生きてきた人生の中で、何か一つが無くなったとしても

今この場所に立っていることはできないからです。

そんな人生であれば、全てに感謝することができると思いますが

この本では、幸せだと思う前から、全てに感謝することを求めています。

今起きていることは当たり前ではありません

ですが、私たちの人生を振り返ってみると

気づかないうちに「当たり前」と思ってきたことが、たくさんあります。

例えば朝の食事には、相当数の感謝が重なっています。

お茶碗に、ご飯があるとします。

そのご飯を食べることができるのは、農家の方が生産してくれたからです。

それに、稲を育てた大地や水や太陽、農業機械、肥料など数えればキリがありません。

そして農業機械、肥料などには、それぞれ生産や流通にかかわる多くの人がいます。

そして、炊飯器で炊いたのであれば、その炊飯器にかかわったたくさんの人。

例えば、部品を製造する人、デザインを設計する人、工場で組み立てる人

完成した炊飯器を梱包し、電気店まで運搬する人、お店で販売する人など

枚挙にいとまがありません。

さらに、お米を炊飯器で炊くには電気が必要です。

私たちの家庭に電気が送られれくるまでには、

これまた、様々な人の手を借り、労力を使わないと届きません。

そしてお茶碗と箸。

これについても同様、様々な人の力によって

はじめてわたしの家にやってきたのです。

その代わりにお金を払っている・・・。

そういう問題ではありません。

いくらお金を払っても、例えば農家さんが

「バカバカしい、やめた」と、誰もお米を生産しなかったら

いくらお金があっても買うことはできません。

1993年に天候不順でお米が不作になり、食べるお米がなくなったことがありました。

店頭からお米がなくなり、急遽タイ米などを緊急輸入するなどしましたが、

無いものは買うことができなかったわけです。

この世は感謝だらけ

お茶碗一杯のご飯だけでも、数えきれない人の力がかかわっています。

そんな感じで、一つ一つを見ていくと

当たり前など、どこにもないということが見えてきます。

例えば、無事に学校や会社に通勤できたのも、バスや電車などのおかげです。

加えて、マイカーで通勤される方は、

自分がきちんと車を運転したからということもあります。

ですが、私が通勤している時間帯に走っている車の全ての運転手が

ルールを守り、きちんと運転してくれたおかげで、事故もなく無事に到着できたわけですから

注意して運転した自分にも感謝ですが、

私の運転中に事故にならないよう運転してくれた、全ての人に感謝であるわけです。

わたしが今住んでいる大地は、誰が与えてくれたのでしょう。

そして、わたしがいつも吸っている空気は、誰がつくってくれたのかもわかりませんが

このように一つ一つ考えていくと、

こうして、私が生きていくことができているのは、

わたしだけの力では全くないと思えてきます。

こうしてみると、ありがたいことだらけなんですね。

昨日より、ちょっとだけ感謝してみませんか

このように考えてみると、

ワトルズ氏が言われる「全てに感謝する」ということが、

そんなに難しいことではないと思えるようになってきませんか。

最後にワトルズ氏はこう結んでいます。

これによって、すべてのもののなかにあるよいものと、

調和の取れた関係がもたらされます。

そして、すべてのもののなかにあるよいものが、

あなたのほうにやってくるのです。

ようするに、わたしたちの毎日にある、すべてのよいものに気づき感謝すること。

ですがこれは、全く見たことがないものではなく

すでに、わたしたちに与えられているものです。

すでに、わたしたちに与えられているものを、

昨日より今日、少しだけ考えてみると

願いが叶おうが叶うまいが、わたしは愛され、すでに幸せなのだということに

だんだんと気づくことができるはずです。

そして幸せに気づき、幸せになることができると

その次には「創造する幸せ」が待っています。

そして、幸せになり、幸せを創造するという順番は

入れ替えることができません。

どうしてかというと、

自分が食べたり作ったことのない料理は

誰の手も借りずに作れないのと一緒で

幸せでない人であれば、幸せを想像することはできても

幸せを創造することはできないからです。