感謝して、いただきます。

世の中には、健康維持のためには玄米と野菜食でなければならない、

肉やハンバーガーは食べてはいけない、と決めている人たちもいます。

けれども「これが体に悪い」

「この防腐剤、着色料、添加剤が体に入るのが悪い」と、

ずっと言い聞かせながら食べていると、

食べたものは体の中に入ったときに、

言われた通りに体の中で悪く働くようになっているらしい。

そのように気にしていることの対極にあるのが「感謝」でしょう。

「人生を楽しむ」ための30法則 小林正観さん著

感謝できる人

確かに、感謝して食べることができる人は、

食事に対して、文句や注文はつけないものではないでしょうか。

そして「感謝して食べる」ということだけではなく

「感謝する」ということを知っている人は、

食事だけではなく、全てにおいて感謝することができるものだと思います。

高級な料理を美味しいと感じ、楽しんで食べることは

ごく当たり前の反応であり、何も問題はありませんが、

それは、その料理だから感謝しているのか?

食事をいただくことにつて感謝をしているのかは、全く別の話であり、

それは、感謝を知る人と知らない人で変わってくるということでしょう。

わたしたちは自分中心に生きているものです

わたしたちはこの地球上で、

人間を中心に物事を考えている生き物かもしれません。

少なくともわたしはそのうちのひとりであり、

そして、そうしなければ生きてはいけないわたしです。

人に対しても、大地に対しても、

今までに受けた恩は、はかり知れませんが、

未だに世の中に恩返しをすることも満足にできていないわたしです。

ですが最近、

どうして息をしているのかすら理解ができないわたしであり、

どうしてこの世に生まれたかということもわからないわたしであり、

ひとりで偉いと思っているだけで、なぜ地球があり、生物がいてというような、

この世で一番、要(かなめ)となることの一端すらもわからないわたしである

ということが、少しわかってきました。

わたしの愚かさと、宇宙の叡智

そのように、わたしの愚かさが身に染みてくると、

生きているのではなく、生かされているという事実が見えてきます。

このように、私が今在るのは全てのおかげさまだと

自分を顧みる機会をいだだけることは、とてもありがたいことだと感謝しています。

文中にあるように、

「これが体に悪い」

「この防腐剤、着色料、添加剤が体に入るのが悪い」

という生き方も、人それぞれだと思いますが、

そのような考え方であれば、わたしが己を生かしているのだと、つい高慢になり、

わたしは生かされているという宇宙の叡智に、気づくことは出来ないかもしれません。

わたしたちの体の中では、

心臓をはじめとするいろんな臓器が休むことなく動いてくれていますが、

それはわたしが動かしているのではありません。

わたしたちの力ではなく、

宇宙の叡智でわたしたちは動くことができている

ということに気が付くことができると、

少し違った感謝の景色が見えてくるのではないでしょうか。

いただきます

全てがわたしの力ではなく、

また、わたしの力でなんとかなることなど、誰にでもできることであり、

また、たかが知れています。

ですが、わたしが生きているということは、そもそも人智の範疇を越えていて、

どんな科学者でさえ、未だに解明できていないものです。

そのように考えてみると、

宇宙の叡智に畏敬の念を持ち生きていくことが、

わたしの人生にとって、不都合になるとは考えにくいわけであり、

その叡智に一人の人間の智慧が勝るとは、到底思えません。

そのわたしが生きていくために、宇宙はいろんなものを与えてくれています。

その一つが食事なのではないでしょうか?

尊いあなたの命をいただき、私の命にさせていただきます。

私は何もできないかもしれませんが、

生きていることに感謝し、

つらい時も苦しい時も、丁寧に生き抜くことを誓います。

感謝して、いただきます。