学びとは何か 行動とは何か

そもそも「キリスト教」という言葉が

誤解を招くのだと思います。

根本的には、

イエスという一人の人間がいただけで、

彼は十字架で死んでしまった。

そして彼の教えは、

僧侶たちによってゆがめられていったのです。

キリスト教徒であることのしるしを

「信仰」のうちに見るのは、バカな間違いであって、

本当は、十字架で死んだイエスのような

人生を生きることだけがキリスト教的なのです。

現在でもそのような生き方をすることはできますし、

そういう生き方しかできない人もいます。

本来のキリスト教、根源的なキリスト教は、

信仰ではなく行動なのです。

キリスト教は邪教です! 現代語訳「アンチクリスト」

F・W・ニーチェ 適菜収さん訳

学ぶだけで満足してしまう人

頭の中でいろいろ考えて、おしまい。

と、いう人を、わたしはたくさん知っています。

ですが、ご本人はそうは思ってない。

というよりも・・・

むしろ他人より、時間もお金も使い、

熱心に知識を学んでいると、

ほとんどの人が自負しているのでは?と感じます。

とは言うものの知識は大事

確かに知識は必要です。

と、いうより、表面的な知識だと、

反対に手枷足枷になりますが、

表面的ではない、根本的な原因にアプローチする知識は、

豊かな人生を送るためには、必要不可欠なものです。

それはどういうことかというと、

例えば、一流シェフが作る、

料理のレシピを知っているだけでは、

シェフと同じように、

一流の料理が作れるかどうかは別の話。

というようなものです。

知識も大事だがそれ以上に行動も大事

ようするに、人生を豊かにしていくには、

表面的ではない正しい知識と、

その知識を実際に自分で試してみること。

この二つが両輪となっていなければ

ならないわけですが

「話を聞いて、いろいろ考えて、おしまい。」

と、いう人が、

たくさんいると思いませんか?

というより、その前に・・・

一流のシェフのレシピに出会うことが、

一番難しいものかも知れませんね。