自分のことを大切にしていますか?

みなさんは自分のことを大切にしていますか?

わたしがわたしであってよかったと思ったり

両親に感謝したり、

自分や両親にお礼を言ったことがありますか?

もっと頭がよく、

顔もスタイルもいい人間に生まれれば

幸せだったとか

自分は生まれてこなければよかったなどと、

思っていませんか?

天上天下唯我独尊

天上天下唯我独尊という言葉があります。

一切の条件なく、手ばなしで、

今の私、そのままの私を喜ぶ人間であれ。

天上天下唯我独尊とは、そういう意味の言葉です。

現在、多くの人は

人間関係で悩み苦しんでいます。

その多くは人間関係の問題に対して、

自分を抑えたり、

逃避することで解決しようとしますが

それは応急措置であり、

根本的な解決にはなりません。

わたしたちの評価基準

わたしたちは、

人の尊さをありのままの個性ではなく

肩書きや財産、能力や世間の評価などで

判断してしまう傾向があります。

ですがその評価基準は、

自分の評価にも適用されてしまうので、

そのような評価基準をもつことによって、

自他共に傷けることになり、

結局は人間関係を妨げているわけです。

だが、幸せや不幸は、

誰かや何かと比較して感じるものだ。

と、いう人が多いのではないでしょうか。

比較して得ることのできるような

幸せを求めてしまうと

「何かを得ることができなければ、わたしは幸せにはなれない」

と、考えてしまい、

何かを得よう、ほしい、ほしいと

常に得ることを求め、

追われるように生きてしまいます。

得ようとしているということは、

現状に満足していないという証拠ですから、

現状は幸せではないわけです。

現状が幸せではないのに、

求めたものが得ることができなければ、

さらに自分を責めてしまうようになり、

更に不幸感を得るような結果に

なってしまうわけです。

確かに結果も大事なことですが・・・

何かの結果を得るということは、

幸せのひとつです。

ですが、誰かと比べて感じる幸せは、

比べる条件や状況が変われば

一瞬で消えてしまいます。

もっと言えば、

若いときだけ、健康なときだけ、

結果が出たときだけの喜びなど

死を前にすれば、

全て吹っ飛んでしまう幸せです。

いいかえると、わたしたちは、

そんな吹っ飛んでしまうような幸せのために

時間を使い、労力を使い、手に入れようとして、

日々を生きているのではないでしょうか?

そしてその、

吹っ飛んでしまうような儚い幸せを頼りにして

人生を生きていこうと

思っているのではないでしょうか?

本当の幸せって?

そのような

簡単に吹っ飛んでしまうようなものに、

己の人生を預けても、

わたしの人生が幸せになるはずがありません。

反対に考えてみると・・・

私の人生を本当の幸せに頼り、

拠って生きていけば、幸せになれるわけです。

では、本当の幸せとは何か?

それは、死を前にしても揺らがない

自尊感情を培っていく人生を

送ることではないでしょうか。

自尊感情をわかりやすく言うと、

「わたしを大切にする」ということです。

想像してみてください。

わたしを大切にして日々を生きていれば、

毎日はどうなりますか?

わたしを大切にする生き方とは、

わがままになって、

我欲を満たそうとする生き方ではなく、

誰かと比べて誰かを見下したり、

また逆に、誰かと比べて、

自分をダメな人間だと評価しない生き方です。

一切の条件もなく、手ばなしで、

自分を尊いと思える人生が、

本当に幸せな人生ということであり

そういう思考を土台にして、

満ち足りた毎日を歩いていくことが、

幸せな人生ということです。

幸せを決めるのは状況や他人ではなく、わたしの心

わたしたちは同じ映画を観て、

誰かと似た感想をもつことはあっても

誰かと全く同じ感想をもつことは

ないのではないでしょうか。

それと同じように、同じ状況であっても、

幸せだと思っている人もいれば、

不満をもっている人もいます。

東北の震災の折、

被害にあわれた方から聞いた話です。

津波の影響で多くの地域が被害を受けました。

沿岸部は、家も車も全て

津波の被害にあったところもたくさんあります。

高台にあり津波の被害を免れた地域でも、

ライフラインは止まり、

不自由な生活を余儀なくされたことは、

皆さんもご存じのとおりです。

電気もガスも使えない、水も出ない、

そのような状況でしたが

何日かして電気が復旧したとき、

家族全員が歓声を上げて喜んだそうです。

わたしたちも帰宅をして電気をつけ、

お風呂にも入ります。

蛇口をひねれば水も出ますが、

特に歓声をあげることはありません。

またしばらくしてお店なども復旧してきて、

車に乗って買い物に行けるということが、

どれだけ幸せなことかがわかった。

とも、おっしゃっていましたが

わたしたちには当たり前ですから、

感謝をもつことが難しいわけですが、

本当は、もう恵まれていて、

十分に幸せなのではないでしょうか。

ほしい、ほしいと、生きているということは

現状に不満を持っているという証拠であり、

今が幸せではないからだ。

と、先に書きましたが

もうわたしたちは、十分に恵まれ、

十分に幸せであるわけです。

そしてそのことに気づけないからこそ

不満を持ち、

ほしい、ほしいと求めてしまうのですが

わたしたちは、誰かと比べたり、

世間の評価をもらわなくても、

今のままで十分に恵まれ、

十分に幸せであるわけです。

幸せになるための一番の味方とは

このように考えてみると

環境や他人の影響も確かにあるが、

その反面、

幸せになるための一番の味方は、

自分の心であり、

反対に、一番の敵になってしまうのも

自分の心である。

と、言えるのではないでしょうか。

そして、このポイントを外すと

生き方を間違えてしまいます。

世間の評価や、外見を飾る装飾品などを

全て取り払った無条件の自分、

あるがままの自分の尊さに目覚めること。

それが天上天下唯我独尊ということであり、

それが、死を前にしても揺らがない

幸せを培うためには必要なわけです。

そして、本当にわたしを無条件に、

尊くいただくことができる人だけが

パートナーや子ども、家族や友達、

さらに世の全ての人を大事に思い、

大切に付き合うことができます。

自分を粗末にし、犠牲にし、

踏みつけておいて、

他人を心から尊敬したり、

大切にすることができるはずがないわけです。

ではどうすれば、独尊の心を

一人一人の命の中に育てることができるのでしょうか?

その答えは、自分のことを大切にしていますか?その2

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする